東京地方裁判所 昭和51年(ワ)11486号 判決 1983年3月14日
原告
齋藤加代子
原告
齋藤裕子
右法定代理人親権者
齋藤加代子
右両名訴訟代理人
田中英雄
岡田正之
被告
東京電力株式会社
右代表者
平岩外四
右訴訟代理人
久保哲男
主文
一 被告は、原告齋藤加代子に対し、金八九二万六九八三円及び内金八一二万六九八三円に対しては昭和五一年八月三〇日から、内金八〇万円に対しては本判決確定の日から、各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は、原告齋藤裕子に対し、金一七八五万三九六七円及び内金一六二五万三九六七円に対しては昭和五一年八月三〇日から、内金一六〇万円に対しては本判決確定の日から、各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告らのその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用は、これを三分し、その一を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。
五 この判決は、原告ら各勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告齋藤加代子に対し金一九一八万七六九五円、原告齋藤裕子に対し金三八三七万五三八九円及び右各金員に対するいずれも昭和五一年八月三〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求の原因
1 本件事故の発生
原告齋藤加代子の夫であり、かつ、原告齋藤裕子の父である訴外亡齋藤力雄(以下「亡力雄」という。当時三九才)は、昭和五一年八月一六日午前一一時すぎごろ、栃木県大田原市薄葉字袋島二一〇三番地の三内山林にあるさわらの木(以下、この樹木を「本件樹木」という。)の中間地点附近に登つたところ、その頭上に送電されていた特別高圧架空電線路(以下右特別高圧架空電線路中東京電力株式会社猪苗代旧幹線六〇七号鉄塔から同六〇六号鉄塔に向けて60.02メートル、同六〇六号鉄塔から同六〇七号鉄塔に向けて107.18メートルの地点に架設されていた線路部分を、「本件特別高圧線」という。)からの強烈な放電を浴び、そのため亡力雄は、放電によるスパークショックを受けるとともに、両手両足、体の上半身右側部分及び顔面部分に火傷を負い、同月二九日、大田原赤十字病院において、右火傷とその際併発した急性腎不全により死亡した(以下亡力雄の右死亡事故を「本件事故」という。)。
2 本件事故現場の状況
本件特別高圧線の架設された特別高圧架空電線路には、左右両側の最上段、中段、最下段の各位置に、特別高圧線合計六本が架設され、最下段に架設された本件特別高圧線には、公称一五万四〇〇〇ボルトの高圧電流が常時流れていたにもかかわらず、本件事故当時その線下には雑木が群生し、密生状態となつて林立していたため、山林内の道路からは、その存在することが全く見えず、特に樹木の先端部分が特別高圧線と接触しているか否かの判別が全く不可能な状態であり、それにもかかわらず、山林内通路の出入口及びその附近には、特別高圧線の存在を表示する掲示標識としては、鉄塔への昇塔防止札二枚が掲示されていたのみであつた。(なお、被告は、本件事故後になつて、はじめて、右の雑木を伐採したうえ、右の特別高圧電線路の存在を示す注意標識を設置した。)
3 被告の責任
(一) 本件特別高圧線は、被告においてこれを所有し、かつ、占有管理していたものである。
(二) 本件特別高圧線は、前記のように、交流七〇〇〇ボルトを超える公称一五万四〇〇〇ボルトの高圧電流を送電するために鉄塔とともに架設されたもので、民法七一七条所定の「土地ノ工作物」に該る。
(三) 本件特別高圧線には、次のような設置又は保存の瑕疵があつた。
(1) 本件特別高圧線は、前記特別高圧電線路のうち、最下段に位置して架設されていたが、その直下の樹木が次第に生育して、右特別高圧線と樹木との離隔距離は次第に短縮される状態にあつた。しかして電気事業法四八条及びこれを受けた昭和四〇年六月一五日通商産業省令第六一号「電気設備に関する技術基準を定める省令」一四一条に基づけば、特別高圧線路と樹木との間の離隔距離は、常時公称一五万四〇〇〇ボルトの高圧電流が流れている場合は、3.2メートル以上を保たせなければならないとされているのである。しかるにその離隔距離は、後記のとおり、明らかにそれ以下であつた。
(2)① 本件特別高圧線、送電用鉄塔それ自体には、不備や欠陥はないものの、そもそも本件特別高圧線は、裸線であるうえ、前記のとおり公称一五万四〇〇〇ボルトもの高圧電流が常時流れているのであり、87.2キロボルトの高電圧が接近物に一気に短絡流入して、いわゆる放電現象を起こすおそれのある危険物である。しかも本件樹木は、林道から奥深く入つた地点に生育しているものではなく、人の通行が自由になされている地域にあつて夏期には子供らが昆虫類を捕獲するために、素手あるいは捕虫用網を持つて登り得る程の樹木であり、また、樹木の所有者(本件樹木は訴外渡辺義男の所有であつた。)が、樹木を売却するために枝葉の不要部分を伐採するのに登り得る樹木である。したがつて、被告としては、右の放電現象を常時回避し、無用の被害者を出さないために、直下迄次第に生育して直下まで達するようになつた本件樹木を含む雑木の枝葉を伐採するよう、樹木所有者と真摯に交渉のうえこれを伐採したり、あるいは、特別高圧線の高さをより高く架設しなおしたりして、生育してくる雑木の状況に的確に対処し、通常有すべき安全性を常時確保すべきものであつた。
② しかるに、被告は、本件特別高圧線を、本件樹木の枝葉先端と、その離隔距離を最も接近した瞬間にはわずか4.5センチメートルの至近距離しか保てない状況に放置した。右の距離は、放電現象が起こる間隔内の距離であつて、被告は、工作物たる本件特別高圧線を、四囲の状況に的確に堪えるようにしなかつたものであり、右本件特別高圧線の設置又は保存には瑕疵があつた。
(3) 仮りに被告主張のように、本件特別高圧線と本件樹木の枝葉先端との最短間隔が75.5センチメートルあつたとしても、本件特別高圧線は前記の如く危険物であり、その存在位置を明確にし、その接近防止をしておく必要があつた。しかるに樹木の生育が著しい状況にあり、本件特別高圧線については、その存在位置が不明確であつたにもかかわらず、その表示については、前記のとおり、昇塔禁止札を二個所掲げただけであつた。したがつて、土地の工作物である本件特別高圧線には設置又は保存に瑕疵があつたものである。
(四) そして、亡力雄は、本件樹木の中間附近において、右瑕疵によつて生じた自然放電により、スパークショックを受けるとともに、その際発生した強烈な火花による火災炎上により、火傷を負い、前記のとおり、死亡するに至つたものである。
(五) よつて被告は、民法七一七条により、本件事故によつて亡力雄が被つた損害を賠償すべき義務がある。
4 損害
(一) 亡力雄の被つた損害
(1) 逸失利益 金三九八三万〇〇七七円
亡力雄は、本件事故当時、大竹左官に雇われ、給与所得者として左官職に従事していたが、昭和五一年一月から七月までに得た総収入は、一六〇万二〇〇〇円であつた(月割収入額は二二万八八五七円)。
亡力雄は、右事故当時三九歳であつて、その後六七歳までの二八年間は就労が可能であつたから、右の収入を基礎として生活費を収入の三〇パーセントとし、ライプニッツ方式計算法により逸失利益を算出すると、その額は金二八六三万九八九七円となる。
228,857×12×14,898×(1−0.3)
=28,639,897
右金員は、昭和五一年の実際の給与額を基準としたものであるが、昭和五六年における賃金上昇率は昭和五一年に比して1.39072であるから、これにより昭和五六年の賃金水準に修正すると金三九八三万〇〇七七円となる。
(労働統計要覧中、現金給与総額を、昭和五一年度の指数112.5と昭和五五年度の指数147.6とを対比し、かつ、昭和五六年度は、昭和五五年度と比較して六パーセント増の推定上昇率を採用する。)
(2) 慰藉料 金一二〇〇万円
亡力雄は家族の大黒柱であつた。
(3) 葬儀料 金五〇万円
(4) 相続
原告齋藤加代子は亡力雄の妻であり、原告齋藤裕子は亡力雄の子であつて、亡力雄の死亡により、右(1)ないし(3)の損害賠償請求権を、原告齋藤加代子は三分の一、原告齋藤裕子は三分の二宛それぞれ相続した。
(5) 弁護士費用 合計金五二三万三〇〇七円
原告らは、いずれも訴訟代理人らに対し、本訴の提起を依頼し、その弁護士費用として、原告らの請求合計額の一割に相当する金五二三万三〇〇七円を支払う約束をした。なお、原告らの負担内訳は、右相続分の割合と同様である。
よつて、被告に対し、民法七一七条による損害賠償請求権に基づき、原告齋藤加代子は金一九一八万七六九五円、原告齋藤裕子は金三八三七万五三八九円及び右各金員に対する本件事故による損害発生の日の翌日である昭和五一年八月三〇日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1、2の各事実は認める。
2 請求原因3のうち(一)、(二)の各事実は認める。同(三)、(1)の事実のうち、本件特別高圧線の状態が、原告ら主張の省令に定める基準に達していなかつたことは認めるが、同条違反は即民法七一七条所定の工作物の放置又は保存の瑕疵に該当するとの原告らの主張を争う。すなわち右省令は、絶対安全の見地から、安全距離プラスアルファーを定めているものであつて、同省令違反のゆえに直ちに設置又は保存の瑕疵があるとされるべきものではない。同(2)①、②のうち、本件特別高圧線、送電用鉄塔それ自体には、不備又は欠陥がないこと、及び右特別高圧線が裸線で、これに常時公称一五万四〇〇〇ボルトの高圧電流が流れていること、は認め、その余の事実は否認し、主張は争う。本件高圧電線と、本件樹木の枝葉先端との最短離隔距離は75.5センチメートルあり、異常な枝のはねあがりを考慮しても、理論上30.5センチメートル(本件樹木の地上高は地上七七六センチメートルである。)にまで縮まり得るが、これによつても空気絶縁限界間隔は約二五センチメートルであつて、絶対に自然放電することはない。また、本件樹木の枝葉の通電痕(アーク痕)の状態をみても、枝葉最先端部に通電痕跡はなく、先端から六一センチメートルの位置にあることから、この通電痕と右特別高圧線までの距離は91.5センチメートル以上あることになり、この距離からいつても、自然放電が発生することはない。そこで被告は、静電誘導による場合、枝葉接触による場合の検討を行つたが、いずれも消極であつた。
したがつて、本件特別高圧線と本件樹木との間で放電が発生するためには、電線と右樹木との間を短絡させる何らかの物件が存在しなければならないことになる。そして右の場合考えられるのは、(イ)落雷が発生した、(ロ)飛来物が電線と樹木間にからまつた、(ハ)樹上にいた鳥が飛び立つた、(ニ)亡力雄が棒状のものを操作しそれを本件特別高圧線に接触させたことがそれぞれ想定され、右(イ)、(ロ)、(ハ)はいずれも否定されたから、(ニ)すなわち亡力雄が本件樹上で棒状のものを操作したため、放電を招来したのではないかと推測される(現に本件樹木の附近から長さ約4.89メートルの棒状の松の枯木が発見されている。)
右のとおり、被告の工作物の設置又は保存に瑕疵はなかつたものである。
同(3)のうち、本件特別高圧線が危険物であり、その高圧線を支える鉄塔に昇塔禁止札を二個所掲げていたことは認めるが、本件事故現場一帯に接近防止設備を設ける必要があること、本件事故現場に通じる山林通路の出入口等に迄高圧線を表示する掲示をする必要があること、及びそれをしなければ本件特別高圧線の設置又は保存に瑕疵があるとの主張は争う。むしろ、本件特別高圧線は、その直下において送電音が聞こえたのであり、それにもかかわらず、亡力雄は、鳥の巣をみるため、自らの危険においてみだりに立ち入つたのであり、その附近に危険表示のなかつたことに藉口して責任を転嫁しているものである。
同(四)のうち、因果関係の部分は争い、その余の事実は認める。
同(五)の主張は、争う。
3 請求原因4のうち、原告齋藤加代子が亡力雄の妻であり、原告齋藤裕子が亡力雄の子であつて、亡力雄の法定相続人であること、原告らに損害があつたことは認めるが、損害額が原告ら主張のとおりであることは争う。
第三 証拠<省略>
理由
一本件事故の発生と事故現場の状況について
1 亡力雄が昭和五一年八月一六日午前一一時すぎごろ、栃木県大田原市薄葉字袋島二一〇三番地の三内の山林にある本件樹木の中間地点附近に登つたところ、その頭上に送電されていた本件特別高圧線からの強烈な放電を浴び、そのため右放電によるスパークショックを受けるとともに、両手両足、体の上半身右側部分及び顔面部分に火傷を負い、同月二九日、大田原赤十字病院において、右火傷とその際併発した急性腎不全(以下これらを併わせて「火傷等」という。)により死亡したこと、そして本件事故現場の本件特別高圧線には、公称一五万四〇〇〇ボルトの高圧電流が常時流れていたにもかかわらず、その線下には樹木が群生し、密生状態となつて林立していたため、山林内の道路からは、その存在が全くみえず、特に樹木の先端部分が特別高圧線と接触しているか否かの判別が全く不可能な状態にあつたこと、また、本件特別高圧線の存在を示す掲示標識としては、右特別高圧線を支える鉄塔への昇塔防止札二枚が掲示されていたのみであつたこと、以上の事実は、いずれも当事者間に争いがない。
2 ところで<証拠>を総合すれば、亡力雄は、本件事故当時たまたま本件樹木のあつた雑木林の近くを通りかかり、本件樹木の樹幹芯止めあたりにあつた鳥の巣を発見、この中をみるため、本件樹木にのぼり、右芯止めのあたりから出て上方に向いかなり長く延びている枝(以下「本件枝」という。)付近に達した際、突然青い強烈な火花を浴び、次いでドーンという強い爆発音とともに本件樹木全体がその頂点附近を中心として瞬時火柱に包まれたこと、その際亡力雄も右の火柱に包まれるとともに、更にいわゆるスパークショックを受け、その上半身右側部分や顔面、両手両足に殆んど全身火傷ともいえる程の大火傷を被つたこと(亡力雄が放電によるスパークショックを受けるとともに、両手両足、体の上半身右側部分及び顔面部分に火傷を負つたことは当事者間に争いがない。)、本件枝には、その上部に一個所それからやや下方に離れて一個所の各アーク痕がみられ、かつ、それらに続いて枝上に燃焼部分があり、これに連なる樹木の幹部分にも黒い焼痕や電紋が連続して存在し、このようにして最初の放電は、次第に下の方に拡大していつたもので、この間8.38秒間にわたる地絡現象を惹起したこと、その際、右同日午前一一時〇七分三六秒より、被告の小山変電所の自動オシログラフは異常送電微地絡を記録し、更にその後同時同分四四秒に異常送電地絡を記録していること、そのため右の8.38秒間にわたり総量二万三九二五キロボルトアンペア秒の漏電を生じたこと、亡力雄の前記死亡は、感電死による即死ではなく、事故後一週間を経ての全身火傷を原因とする急性腎不全を直接原因とするものであること(亡力雄が、火傷等により死亡したことは当事者間に争いがない。)が認められ、右認定を左右すべき証拠はなく、また亡力雄の四肢を含む身体に電気の入、出痕が存したことを認めるべき証拠はない。
二本件特別高圧線の所有管理と民法七一七条の土地の工作物について
本件特別高圧線は、被告においてこれを所有し、かつ、占有管理していたものであること及びそれが民法七一七条所定の「土地ノ工作物」に該ることは当事者間に争いがない。
三そこで本件特別高圧線についての設置、保存の瑕疵の有無及び右瑕疵と亡力雄の死亡との間の因果関係について検討する。
1 まず原告らは、本件事故当時の本件特別高圧線の高さ位置が、その直下に生育する樹木との関係で、電気事業法及び原告ら主張の通商産業省令の定める基準に適合せず、同法に違反していたのであるから、このことは直ちに民法七一七条所定の工作物の設置、保存の瑕疵となる旨主張する。
なるほど本件特別高圧線の状態が、原告ら主張の通商産業省令に定められた基準に達していなかつたことは当事者間に争いがなく、また<証拠>によれば、同省令一四一条には、本件特別高圧線の如く、公称一五万四〇〇〇ボルトもの高圧電流の流れる特別高圧電線と植物との離隔距離は、三メートル二〇センチメートル以上でなければならない旨規定されているところ、資源エネルギー庁公益事業部編の「解説電気設備の技術基準」には、その理由として、「特別高圧架空電線路の事故の中で、樹木接触によるものが相当多く、特に降雪や強風のために竹や木が接触して地絡あるいは断線事故を起こし、ひいては山火事にまで発展したこともあるので、本条では、風雪その他どんな場合でも、所定の離隔距離(中略)を保たなければならないことを規定している。表現は低高圧架空電線路の場合(中略)と同じであるが、特別高圧架空電線路の場合は極めて厳格に考えるべきである。すなわち、単に電線の弛みや揺動ばかりでなく、振動(スリートジャンプ等)をも考え、また植物についてもその傾斜倒壊が起り得ることが予想されるものは、これを考えることを要求しているのである(植物であるから、強度の規制ができないので表現は抽象的である。しかし樹枝がち切れて強風によつて飛ばされるようなものについてまで考える必要はない。)したがつて、使用する電線の種類および太さ、径間、弛度および竹木の成長の速さ等を参酌して、建設のときにはもちろん、平常の保守にあつても、十分な伐採幅を維持するように努めなければならない。」と説明されていることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はなく、また、被告の全証拠その他本件全証拠によるも、右同条ただし書きの定める例外の場合であることを認めることができないから、被告の自陳するように、本件特別高圧線と本件樹木の本件枝先端との離隔距離が75.5センチメートルにすぎないとすれば、仮りにそれが事実そのとおりであつたとしても、右省令の定める基準に対比し、右省令の定めが完全な安全性を見込んだうえのゆとりを持つものであるにもせよ、右の離隔距離75.5センチメートルは、省令の定める基準の四分の一にも達しないもので、余りにも僅少な離隔距離であつたものと評さざるを得ない。そして右の事実関係によれば、抽象的・一般的にいう限り、本件特別高圧線と本件樹木の本件枝先端部とは、平常危険な関係に置かれていたものと推認されても止むを得ないところである。そして<証拠>によれば、被告側としても右のような状態が好ましいものでないことを自覚し、既に本件事故発生三年程以前から本件樹木付近の樹木所有者に対して、本件樹木の伐採方を申し入れていたが、本件事故発生以前の段階においては、その実現をみていなかつたものであることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
しかし、同省令の定めは、単に取締法規として、行政的監督的見地からなされているものと解されるから、原告ら主張のとおりの右省令違反の事実が被告の側にあつたとしても、この事実の存在につき本件特別高圧線の設置、保存についての民法七一七条にいう瑕疵の存否を考えるうえでの重要な考量要素の一つであると、これを評価すべきかどうかの点はともかくとして、右省令違反のかどのゆえに、直ちに本件特別高圧線の設置、保存につき同条所定の瑕疵があつたものということはできない。
2 そこで次に原告らの主張するところをみるに、原告らの主張は、要するに、被告は、危険物たる裸線の本件特別高圧線をその直下から生育してきていた樹木との関係で自然放電しうる状態に放置していたものであるから、本件特別高圧線自体に不備や欠陥がないものとしても、その周辺の状況を併わせて全体としてこれを観察すれば、本件特別高圧線の設置、保存に瑕疵があるとするに妨げはない、というにあるものと理解されるので、この点について検討する。
(一) 思うに、民法七一七条にいう工作物の設置、保存の「瑕疵」とは、工作物が本来備えているべき性状、設備特にその有すべき安全性を欠いている状態をいうのであつて、右にいう安全性の欠如、すなわち他人に危害を及ぼす危険のある状態とは、ひとり当該工作物を構成する物的施設自体に存する物理的、外形的な欠陥ないし不備によつて一般的に右のような危害を生ぜしめる危険性がある場合のみならず、その工作物が使用目的に沿つて利用されることとの関連において危害を生ぜしめる危険性がある場合をも含み、また、その危害は、工作物の利用者に対してのみならず、利用者以外の第三者に対するそれをも含むものである(最高裁判所昭和五六年一二月一六日大法延判決判例時報一〇二五号四八ページ参照)ほか、右の安全性は、当該工作物の設置された当時の四囲の自然環境に通常予想される程度の変化を生じたときは、この変化した自然環境に対応してこれを具備すべきものであつて、これを欠くときは保存に瑕疵あるものと解するのが相当である。
(二) これを本件についてみるに、<証拠>を総合すれば、本件特別高圧線は、公称一五万四〇〇〇ボルトもの高圧電流を常時送電する裸線であり(したがつて、社会通念及び経験則に照らせば、これをもつていわゆる危険物と観念することができる。)、いわゆる雑木林の上を走行しているものであるところ、右の雑木林を組成する多数の松や若干のさわら、檜、杉、その他の雑木等の樹木は(特に本件樹木であるさわらの木の如きは生長の早いものであるから)、本件特別高圧線を支える鉄塔の建設された当時においては、まだその上を走る本件特別高圧線との間に安全上十分な離隔距離が存していた場合でも、やがては右の特別高圧線の走る高さにまで達する程の生長を示すであろうことは予見に難くなく、しかも、前記認定のとおり、被告においても右雑木林の樹木の生長に懸念を感じており、更に本件事故の発生現場附近は、人の出入りや歩行が禁止された場所ではなく、かえつて附近の民家や団地からも近く、附近住民等を含む一般人が、散歩やきのこ採取等のためにあたりを通行し、本件特別高圧線下の土地上に至る可能性はとうてい否定しがたいところであることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。そして、このような場所の地上に設置された本件特別高圧線は、その線下に右のような樹木を存する場合には、設置当時のままの地上高に本件特別高圧線をとどめておく以上、この樹木の生長とともに早晩はこの樹木と本件特別高圧線との間に放電を生起する危険がある(このことは、一般の平均的通常人の容易に予見できるところであろう。)から、右のような樹木との間の放電を生起するおそれのない程度に樹木と本件特別高圧線との間の離隔距離を保つて本件特別高圧線を設置し保存すべきはけだし当然であつて、そのためには、あるいは特別高圧線の位置を高くし、あるいはその線下の樹木をそれ程生長しない段階において伐採する等して、右の危険の発生を未然に予防し、もつて本件特別高圧線が安全性を備えた状態のもとにあるようこれを保存すべきものといわなければならない。そしてこのような安全性を欠如した状態のもとにおける右の特別高圧線の保存は、瑕疵あるものといわざるを得ない(大審院昭和一二年七月一七日判決法律新聞四一七二号一五頁参照)。
3 さて、既に認定説示したところと弁論の全趣旨によれば、亡力雄は、本件樹木にのぼつた際、本件特別高圧線と本件樹木との間に生起した放電を浴びたものと認められ、右認定を左右すべき証拠はなく、そのため亡力雄は、右の放電によるスパークショックを受けるとともに、火傷を負い、右火傷等により死亡したものであるところ、原告らは、右の放電が、本件特別高圧線の設置、保存の瑕疵のため、本件特別高圧線と本件樹木中の本件枝の先端部との間に直接発生したもので、この放電の発生についての亡力雄の関与を否定するのに対し、被告は、右の放電は、亡力雄が持つてのぼつた松の枯木を、本件樹木の上部で本件特別高圧線に接触させたために生起したものであつて、これがなければ、右の放電は発生しなかつたものであると主張している。そこでまず被告主張の右事実が認められるか否かの点について検討する。
(一) <証拠>を総合すると、被告主張に係る松の枯木は、本件事故当日、大田原警察署員による実況見分の終了後に、“本件樹木中の本件枝の先端と本件特別高圧線との間の離隔距離が少なくとも一メートルあるので、両者の間に自然放電があるはずはなく、右両者の間の放電の発生は、亡力雄が長い棒を持つて樹上にのぼり、この棒を右の樹の上方に架つている本件特別高圧線に接触させたために生起したものに相違ない”、とみる被告社員らが「当社独自の調査」として、本件樹木の周囲に何かないかと捜した結果、本件樹木より約六メートル離れたところの雑木林中より根が上方に向いた状態で発見されたものであること、右の松の枯木は、全長約4.89メートル程であり、根本から六〇センチメートルの位置に直径約一センチメートルの円形の焦げ跡様黒痕があつた(証人佐々木信一の証言中には、右の松の枯木には、右の黒痕のほかに、もう一個所右の黒痕より上方の右松の枯木が枝わかれをする位置にも大豆粒大の黒点が三個所一団となつて存在していたので、被告側では、この部分を亡力雄が手で握り、右松の枯木の根の方を上にして本件樹木の樹上にのぼり、根の方に近い前記黒痕部分を本件特別高圧線の至近距離に接近させ又はこれに接触させたために右黒痕のある位置から高圧電流が松の枯木を介し右大豆粒大の黒点三個を経て、亡力雄の手に流入したと想定した旨の供述があるが、右供述中大豆粒大の黒点三個の存在については、検証の結果によつて、被告が右の松の枯木を発見した後間もない時点においてこれを撮影した写真のネガであることが明らかな、右の写真ネガのいずれにも写されてはいないし、また本件記録中に在る被告提出の右写真ネガに関する写真説明書のどこにもその存在したことの説明はないうえ、かえつて前記乙第八号証の一(本件事故後である昭和五一年九月二一日付で作成された河村正剛の報告書)の八頁には、河村正剛が、被災者すなわち亡力雄において棒状のような物を手に持つてこれを本件特別高圧線に接近あるいは接触させたものと考えられる旨の記述をし、かつ、棒を握つていた手には、手が棒に密着しているためにアークが発生しないので通電孔は残らない、と記載して、亡力雄の手に通電孔のなかつたことを自認すると同時に、松の枯木中の亡力雄において握つたと被告が想定している部分におけるアークの不発生をも述べ、証人松川久も本件松の枯木には、一個所だけ直径一センチメートル程の黒いこげ痕を見たと述べており、また、右松の枯木が本件事故現場の近くで発見されたことについて関係者を調べた警察官であつた証人嶋実の証言中にも大豆粒大の黒点三個の存在について述べるところが全くなく、証人館野栄も松の枯木の根に近い部分の黒痕についてのみ警察官の質問を受けただけである旨供述をしているにすぎないのであるから、右証人佐々木信一の右の供述部分は、これをたやすく採用できず、結局右松の枯木に一個所の前記黒痕が存在していたことのほかに、前記三個の黒点が存在していたことを認めるに十分な証拠はないのである。もつとも前記乙第九号証及び同第一六号証中には、証人佐々木信一の右の供述に沿うかのような記載がなくはないが、右記載の根拠は、証人永瀬礼一郎、同佐々木信一の各証言によれば、結局のところ佐々木信一に多くを由来するものであることが窺えるばかりか、右記載中にも黒点が三個存在した旨は記載されておらず、更に乙第一六号証は右佐々木信一が、原告らの本訴提起の後である昭和五四年夏ごろになつてから自分で作成したものであることが認められるから、佐々木信一の右供述部分を採用できないのと同じ理由により、右乙第九号証、同第一六号証中の同旨記載部分もまた右三個の黒点の存在を肯認せしめるに十分ではない。)ので、右の黒痕につき警察当局において鑑識を実施したところ、右の黒痕が電気によるものかどうかは判定できない旨並びに本件枝の上方曲りはなの位置とされているあたりに存在する黒痕は入電痕である旨の鑑識結果が得られたこと、証人木下仁志は、右の松の枯木が本件特別高圧線に接触しあるいはこれと至近の距離にあつたため、これを手にした亡力雄が樹上で感電した、との想定に関して、人間が右の松の枯木を持つている限り、右松の枯木へ本件特別高圧線から流入した電流はそのまま人間の方に流れ、そばにある本件樹木の本件枝の上方に右の入電痕を作つて放電されるに至ることは、皆無ではないにもせよ、一般には考え難く、また人間は恐らく右の松の枯木をすぐに手から放すため、松の枯木は倒れるか落下するかするので、この点からいつても本件枝の上方部分に松の枯木からの右の入電痕が生ずるような放電が起きるとは考えられず、もしそうでないならば、本件枝の側だけに右入電痕がみられるようになる反面、本件松の枯木の側にも、入電痕が、右枝の側と対応する位置に発生するものと考えられる(しかるに本件松の枯木の側には、右本件枝の側の前記入電痕に対応する位置に入電痕があつたとはされていない。)旨を説明していること、本件樹木は、かなり多数の枝を放射線状に上方へ延ばしており、これには相当な量の葉も繁つていたのであつて、片手に長さ4.89メートルもの細長い松の枯木を持つて、本件樹木にのぼることは非常に困難とみられること、前記のとおり、亡力雄は、鳥の巣をみるために、本件樹木にのぼつたのであるが、<証拠>によれば、本件樹木に存した鳥の巣は地上から見上げるとその存在がたやすくわかつたものであること、また、<証拠>によれば、本件事故の発生したころは季節的に離巣期に当たり、営巣中とは考えられないから、亡力雄が巣に近付いた時点において鳥が巣にいたものとは思えないし、また樹上に人が登つているときに鳥が来て止ることも考えにくいから、亡力雄において右のような長い松の枯木を持つて本件樹木にのぼるべき動機あるいは必要性があつたものとは考えがたいこと、<証拠>によれば、本件事故発生当時、その現場に居合わせた館野栄、齋藤昇の両名は、亡力雄は、松の木を持つて本件樹木にのぼつたことはなく、ただ、亡力雄の事故発生後、館野栄、齋藤昇の両名において、現場から二、三〇メートル離れたところから持つてきた長さ二、三メートルの根と枝のついた木を、本件樹木に逆様にぶら下つた亡力雄の身体を本件樹木から離すべく、右樹木に引つかけて、右樹木をゆすったりするのに使用したと述べ、右の点に関する右館野栄、齋藤昇の警察官に対する各供述あるいは当裁判所における証言は事件直後から終始一貫していること、原告齋藤加代子本人尋問の結果によれば、亡力雄は事故後入院先の病院で右原告本人に対して、上の方に小鳥の巣か何か見えたので巣の中に鳥でもいたらと思つて本件樹木にのぼつてみたところ何もなかつたので下り始めたら衝撃を受けた旨を述べたこと、亡力雄も、本件事故後間もなくの警察官の質問に対し、木にのぼるときは手に棒も金属製のものも何も持つていなかつた旨及び木のぼりの方法は木にだきつく様な格好ではなく手で枝をつかみ足を枝にかけてのぼつた旨を述べていることがそれぞれ認められ、右認定を左右すべき証拠もないのであつて、右各事実によれば、被告主張のように、亡力雄が被告主張に係る松の枯木を持つて本件樹木の樹上にのぼつたものとは認め難い。被告の右主張に沿う<証拠>中、被告の右主張に沿う部分は、右説示から明らかなとおり、本件樹木と本件特別高圧線との離隔距離が少なくとも一メートルはあるとの前提のものになされた被告側における推定と同一内容を有するものにすぎず、右推定はこれを裏付けるに十分な的確なる証拠を伴つていないものというほかはなく、いずれもこれを採用することができない(したがつて、右被告主張の事実が存在することを前提とする被告の主張も失当である。)。
(二) そこで次に、亡力雄において本件松の枯木を持つて本件樹木にのぼらなければ、本件特別高圧線と本件樹木との間の放電の発生が果して不可能であつたかどうかの点を検討する。
(1) 鑑定人木下仁志による鑑定の結果及び証人木下仁志の証言を総合すれば、交流一五万四〇〇〇ボルトの高圧電流(常時対地電圧八万八九一二ボルト)を送電している本件特別高圧線と本件樹木間の閃絡ギャップ長(自然放電を発しうる限界離隔距離、以下「本件閃絡ギャップ長」という。)は、16.5センチメートルから18.0センチメートルであること及び右の閃絡ギャップ長が16.5センチメートルから18.0センチメートルということのうちには、本件樹木先端の枝葉がその瞬間的なはね上りによつて右線路に近付く状態となる場合をも含むものであることが認められ、右認定を左右すべき証拠はない。
(2) <証拠>を総合すれば、一般にある高圧線の弛度は、当該高圧線を流れる電流の量、風の有無・程度、気温、日射量によつて変化するものであつて、電流が現実に流れれば高圧線は垂下し、外気温が上昇すれば同様高圧線は垂下し、更に日射量が多ければやはり垂下するという関係にあり、結局風の有無、程度を別とすれば、高圧線は、その温度に比例して一定の率により垂下するものということができること、本件事故の発生後、大田原警察署の警察官が被告の社員立会のもとに、数回、本件事故現場において実況見分を行つたが、昭和五一年八月二八日午前九時ころから午前一一時ころまでの間に行われた実況見分の際には、本件特別高圧線の送電を止めて、右高圧線の地上高を実際に測定したところ、その地上高は八七六センチメートルであつたこと、そこで被告側では、河村正剛において、本件事故当日(同年八月一六日)午前一一時の大田原地域気象観測所の観測に従つて気温を摂氏20.4度、風速を毎秒1.0メートルとし、宇都宮地方気象台の観測により日射量を一平方メートルあたり0.014ワット、電流は当時二六〇アンペアが流れていたのでこれに従い、本件特別高圧線の本件事故時における電線垂下変化量を試算したところ、右の変化量は24.5センチメートルと算出されたので、被告としては、右当時の本件特別高圧線の地上高を、(867-245-851.5)851.5センチメートルと推算したことが認められる。右認定を左右するに足りる証拠はない。
(3) 次に、右の各証拠によれば、本件樹木は、本件事故後の昭和五一年八月一八日に実況見分が実施された際切り倒されてしまつたが、その際における右樹木に関する検尺をみると、切り倒された後の切株の高さは一六センチメートル、根元伐採位置の切株上から樹幹上部の芯止め位置までの長さは五五〇センチメートル、警察当局の鑑識の結果入電痕であると確認された当該痕跡を印し、その位置あるいはその位置から先端にかけての部分においてはじめに本件特別高圧線よりの放電を受容したものと推定される本件枝の付根から右芯止め位置までの長さは六七センチメートルであり、また本件枝の付根よりその先端までの長さは三四八センチメートルであつたが、本件枝の先端部分は、あたかも鞭の先がしなうように、樹幹の外下方に向かうが如く円弧を描く態に細くなつていて、外下方への柔らかな曲線を描いて湾曲していた(この曲率を明らかにするに足りる証拠はない。)が、被告社員河村正剛は、本件枝の曲りはなから枝の先端までの長さを四五センチメートルであると把握し、同時に、切つた本件枝を地上に立てた場合の右枝の付根から右枝の曲りはなまでの垂直の長さを二七七センチメートルとしていること(なお、<証拠>によれば、右の長さ「二七七センチメートル」は、本訴提起後である昭和五三年一二月二〇日作成に係る被告社員河村正剛の報告書が書証として当裁判所に提出されてはじめて示されたものであり、それが正確な数字であることを担保するに足りる資料は、本件記録中には存しないから、果して右の長さ「二七七センチメートル」が正確な数値であるかどうかについては疑問の余地なしとしない。)、右八月一八日警察官が本件樹木の芯止めの個所に立ち、手にもつたスチールテープを上にのばして、本件枝の現実の曲りはなとみられる位置から本件特別高圧線までの垂直離隔距離を測定したところ九〇センチメートルであつたこと、しかし、本件樹木についての地上から本件枝の曲りはなまでの長さ(すなわち枝の曲りはなまでの垂直地上高)あるいは、本件樹木そのものの垂直地上高については、現実に検尺測定が実施されていないため、計算上はともかく真実何程であつたかは明らかではなかつたが、その状況のままに本件樹木は切り倒され、本件枝の部分を含め、その後廃棄処分に付されてしまい、今日ではこれを正確に知るすべはないこと、大田原警察署当局は、本件枝の曲りはなからその先端までの長さを四五センチメートルとして(後記のとおり、その根拠を明らかにするに足りる証拠はない。)、これを前記本件枝の曲りはなから本件特別高圧線までの離隔距離九〇センチメートルから差し引いた四五センチメートルをもつて、本件事故当時における本件樹木と本件特別高圧線との離隔距離とみたものの如くであり、また、本件樹木の地上高を、地上から本件枝のしなつて曲つた部分をも直つすぐに延ばした場合八三一センチメートルとなるものとみている(右警察署当局が右の地上高を八三一センチメートルとみた根拠を明らかにするに足りる証拠もない。)こと、河村正剛は、①八月二八日の検証時における本件特別高圧線の高さが本件樹木の上空において地上高八七六センチメートルと実測されたこと、②八月一八日の検証時において、本件特別高圧線と警察官において本件樹木の本件枝の曲りはなとみた位置との離隔距離を九〇センチメートルと実測したこと、③同日本件樹木の切り倒されたあとの切り株の高さが一六センチメートルと実測されたことから、本件事故当日における本件特別高圧線と本件枝の曲りはなとの間の離隔距離を75.5センチメートルと推算したこと(右河村正剛の推算は次のとおりである。すなわち八月二八日の検証時頃においては、本件特別高圧線への送電は停止されており、天候は小雨、気温は摂氏二〇度、風速は毎秒一メートル、日射量は一平方センチメートル当り0.014ワットであつたので、日射による電線温度の上昇は小雨によつて相殺されて零となるとみ、また風速を無視すると同時点での電線温度は摂氏二〇度ということになる。いいかえれば電線温度二〇度において本件特別高圧線は、地上高八七六センチメートルを保つたというわけである。これに対し、八月一六日の事故当時においては、二六〇アンペアの電流が流れており天候曇、気温摂氏20.4度、風速毎秒一メートル、日射量は一平方センチメートル当り0.014ワツトであつたから、風速を毎秒0.5メートルとみて日射による温度上昇分を摂氏1.8度、電流による温度上昇分を摂氏12.9度、気温による温度上昇分を摂氏20.4度とし、その合計25.1度が右時点における本件特別高圧線の電線温度であるとみられるので、結局事故当時の電線温度は、前記八月二八日の時点での電線温度より摂氏15.1度だけ高かつたものであるから、同日の電線地上高八七六センチメートルより右15.1度に対応する電線垂下変化量24.5センチメートルだけ低い851.5センチメートルが八月一六日の本件事故時における本件特別高圧線の地上高であるということになる。また八月一八日の検証において、本件特別高圧線と本件樹木の本件枝の曲りはなとの間の離隔距離九〇センチメートルが測定された時点における天候を晴、気温を摂氏24.1度、風速を毎秒二メートル、日射量は一平方センチメートル当り0.03ワツトで電流は流れていなかつたとし、日射量による温度上昇分を摂氏2.2度、電流による温度上昇分を摂氏〇度、気温による温度上昇分を摂氏24.1度とみて、その合計は摂氏26.3度であるとすれば、右時点での電線温度は、八月二八日の電線温度より6.3度だけ高かつたということになるのであるから、八月一八日の測定時における本件特別高圧線の電線地上高は、八月二八日のそれより一〇センチメートルだけ垂下して八六六センチメートルとなつていたのである。これは本件事故当時の電線地上高851.5センチメートルに比し14.5センチメートル低く、したがつて事故当時における本件樹木の本件枝の曲りはなから本件特別高圧線までの離隔距離は75.5センチメートルである。)が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。そして、右の河村正剛の計算によれば、本件樹木の本件枝の曲りはなから先端までの部分の長さが四五センチメートルである限り、右の部分がむちのようにしなり一瞬立ち上つて垂直になつた(この可能性の存在は、<証拠>によって、これを肯認することができ、右認定を左右すべき証拠はない。)としても、なおその上端と本件特別高圧線との離隔距離は30.5センチメートルと算出されるから、前記の本件閃絡ギャップ長(最長で一八センチメートル)の外にあることになるのである。
(4) しかしながら、前記のとおり、仮に本件樹木の本件枝の付根から本件枝の曲りはなの位置までの垂直長さが二七七センチメートルであつたとすれば、本件枝の曲りはなの位置より、本件枝の先端までの長さが四五センチメートルである限り、本件枝の付根から右の本件枝の先端までの垂直の長さは、三二二センチメートルとなるのに対して、本件枝の付根から本件枝の曲りはなの位置を超えて更に本件枝の先端部分に至る枝の形に沿いつつ測定した長さは三四八センチメートルであり、両者の差は二六センチメートルとなるところ、右の枝のように曲率不明の状態でしなつて曲る枝の曲りはななるものの位置は、いかなる点にもこれを設定することができるのであつて、警察官であれ誰であれ、その曲りはなの位置を正確不動のものとして把握できるとは考えられない。そして曲り方を含め、本件枝の実際の形は、これを正確あるいは正確に近く認識すべき資料はなく、これを把握するすべは今や存しないものというほかない。右の点に関し、証人嶋実の証言によれば、本件樹木を切り倒した後の本件枝については、これが立つていた当時においてどのように曲つていたものかを再現することはできなかつたから、本件枝上部の曲つた部分もこれを真直にのばし、本件枝の全長として、その付根から先端までを測定するほかはなかつた旨述べるのに対し、証人河村正剛は、本件枝については、本件樹木を切り倒した後それが立つていた当時のように曲げて曲りはなと先端との間を測つたところ四五センチメートルであつたと述べているが、本件枝の曲りはな附近やその先端までの状況を、本件樹木が立つていた当時のままに正確に把握した者はなく、もとより右嶋実でも河村正剛でもなかつたのであるから、河村正剛において本件枝の曲り具合を本件樹木の立つていた当時のままに地上に再現して、その曲りはなから先端までの長さを正確に測定し得る道理はないものというべく、したがつて右の四五センチメートルあるいは警察官の測定に係る前記九〇センチメートルというのが、果して正確な曲りはなの位置を掌握したうえでのことと評価できるかどうかはかなり疑問であり(右のとおり、曲りはなの位置をどこに設定するかについては、種々の選択があり得るのであるから、)、前記垂直長さ二七七センチメートルと曲つた本件枝の曲りに沿つて測定した長さ三四八センチメートルとの差七一センチメートルの全部ではないにもせよ、そのかなりの部分が、立ち上る可能性のある、曲りはなから先端までの部分であつた場合には、前記四五センチメートルと右七一センチメートルとの差の二六センチメートルに近い長さが、本件枝の曲りはなの位置とその先端までの長さを四五センチメートルとした場合の本件特別高圧線と本件枝との間の離隔距離である30.5センチメートルの短縮に寄与するため、右の離隔距離も、極端な想定をすれば、僅か4.5センチメートルに近付くこととなるのであり、右の離隔距離が本件閃絡ギャップ長16.5センチメートルから18.0センチメートルの内に入ることは明らかというべく、更には、右の本件枝の曲りはなの位置から本件枝の先端までの長さが、五八センチメートルより長ければ、すなわち本件枝の先端から五八センチメートル以上の位置に曲りはながあるならば、(<証拠>をみれば、右の位置は、あたかも、本件枝上においての入電痕であることが、警察当局の鑑識の結果により明らかにされている本件枝上における前記黒痕の位置と極めて近いこととなるのである。)本件枝の曲りはなから先の先端が一瞬立ち上ることによつて(必ずしも垂直とならなくても)、右先端は、本件特別高圧線との離隔距離において、右の閃絡ギャップ長の内に入ることとなるわけである。そればかりでなく、例えば、<証拠>によれば、電線温度摂氏五度の上昇は、八センチメートルの電線垂下変化量をもたらすものであることを認めることができ、右認定を左右すべき証拠はないが、本件事故発生時のころ、あるいは、その後間もない八月一八日における本件特別高圧線と本件枝の曲りはなとの間の離隔距離測定時ごろ、ないしは同月二八日における本件特別高圧線の電線地上高測定時ごろの各観測所測定の気温については、右の測定がいずれも地上1.5メートル付近の、観測所近くに設置された器具を用いてする当該地域における平均的気温の掌握のためのものであるところから、それぞれ本件樹木の存した密生せる雑木林の上空における本件特別高圧線附近の気温との間の同一性に疑問がないわけではなく、両者の間に摂氏五度程度の電線温度の上昇を結果する温度の差異があつたとするならば、本件特別高圧線と本件枝との間の離隔距離の算定にかなりの影響なきを保し難いものということになるのである(ちなみに、<証拠>によれば、本件事故直後のころ、現地において測定棒を用いて目測したところ、本件特別高圧線の地上高は八三四メートルと推測されたこの時点の右地上高の実測はなされていない。―ことが認められ、右によれば、本件枝の曲りはなまでの垂直地上高を(550−67+277+16)七七六センチメートルとし、本件枝の曲りはなから先端までの部分の長さが四五センチメートルであつたとみても、右部分が垂直に立ち上つた場合の本件樹木の地上高は八二一センチメートルとなるから、右の想定のもとにおいては、本件特別高圧線と本件樹木との離隔距離は一三センチメートルにすぎなかつたこととなるわけである。もつとも右の本件事故直後の目測においては、本件樹木の地上高についても目測された結果、その高さは七五八センチメートルであるとされているが、本件樹木のようにかなり多数の枝を放射線状に上方に延ばしているものの地上高の目測と、本件特別高圧線のように空中を横に線として走つているものの地上高の目測においては、恐らく後者の方が正確性は高いものということができよう。)。
(5) 右によれば、本件特別高圧線については、本件枝の先端部が何らかの刺激を受けて一瞬はねて立ち上れば、(特に、本件事故現場の存した本州内陸平野部である大田原地方において真夏の気温が摂氏三〇度を超えることのあることは当然予想できることであつて、このように、真夏の高温時に本件特別高圧線周囲の気温が摂氏三〇度を超える状態ともなれば、―この場合前記乙第八号証の二によれば、本件特別高圧線の電線温度は恐らく摂氏四五度前後に達し、垂下変化量も四〇センチメートル程となるであろう。―本件特別高圧線は、他の要素(例えば日射量)を別としても、地上高八七六センチメートルから四〇センチメートル垂下した八三六センチメートル前後となり、本件枝の曲りはなの位置は、本件特別高圧線より離隔すること六〇センチメートル前後となるので、本件枝の曲りはなから先端までの長さが七一センチメートルあるいは五八センチメートルである場合にはもちろん四五センチメートルである場合においても、本件枝の先端部が何かの刺激を受けて一瞬はねて立ち上ることによつて、本件枝の先端は、本件特別高圧線からの前記閃絡ギャップ長16.5センチメートルから18.0センチメートルの内に入ることになる。)、本件特別高圧線との間に放電現象を生起する危険があつたことは明らかであるというべく、被告は、前記認定のとおり人がすぐ近くを歩行することを予想できる地域に存在する本件特別高圧線につき、右のように、本件事故の発生当時(あるいは大田原地方の真夏一般の時期において)、安全性を欠く状態のもとにこれを保存していたものということになり、右の保存には瑕疵が存したものといわなければならず、同時に、本件事故時における本件特別高圧線と本件樹木の本件枝との間の放電は、両者間に直接生起したものと推認するのが相当というべきである。
4 以上を総合すれば、本件特別高圧線と本件枝との間の放電は、本件樹上の亡力雄が鳥の巣をみるべく本件枝を握つた際等の機会に、これに対し力が加わる等したため、その振動刺激によつて本件枝が大きく動いて本件特別高圧線との離隔距離が前記閃絡ギャップ長16.5センチメートルから18.0センチメートルの内に一瞬にもせよ入つて発生し、次いで右の放電が移動して本件枝の前記曲りはなとされている位置附近の位置においてアーク痕、入電痕を印し(<証拠>によれば、必ずしも最初に放電が発生した位置にアーク痕が印せられるとは限らないものであることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。)、それが次第に下方に移動して大量の熱を放出のうえ、本件枝更には本件樹木の樹幹にも電紋を印しつつこれを燃やし、亡力雄の身体に火傷を負わせたものと推認することができ、右推認を左右するに足りる証拠はないから、他に特段の事情も認められない本件においては、本件火傷等による亡力雄の死亡は、被告所有の本件特別高圧線についての被告の保存の瑕疵と相当因果関係の範囲内にあるものとするに何らの妨げはないものといわなければならない。
四そこで損害について判断する。
(一) 逸失利益
<証拠>を総合すれば、亡力雄は、死亡当時(昭和五一年八月二九日)、三九才の男子であつて、千葉県船橋市所在の大竹左官に左官職人として雇われ、月額平均二三万二四二八円(同年一月から七月までの各月の給料総額の平均値金二〇万七四二八円に、ボーナス金一五万円の六分の一を加えた金額)の収入を得て、妻である原告齋藤加代子及び子である原告齋藤裕子とともに独立して生計をたてていたいわゆる一家の支柱であつたことを認めることができ、右認定を左右すべき証拠はなく、また一般に男子の稼働可能年令が六七才までであつて、亡力雄が本件事故によつて死亡しなければ更に同年令に達するまでの二八年間の就労が可能であつたことは当裁判所に顕著なところである。
そこで以上の数値を基礎として、生活費として三五パーセントを控除し、ライプニッツ方式により死亡時の現在価値を算出すると、
232428×12×14898×(1−0.35)=27009156
金二七〇〇万九一五六円となる。
なお、原告らは、昭和五六年の賃金率に換算して主張しているが、右損害は死亡時に発生し、その時点から賠償請求権が発生し、遅延損害金も請求しうるのであつて、亡力雄の賃金が原告ら主張のように上昇するものと認めるに足りる証拠はない(なお、原告らもまた、死亡した日の翌日からの遅延損害金を請求している)から原告らの右主張は採用しない。
(二) 慰籍料
本件事故の態様(亡力雄の後記認定の過失についてはしばらくおき)、亡力雄が一家の支柱であつたこと等諸般の事情を考慮すると、亡力雄の精神的損害を慰籍するためには、金一〇〇〇万円が相当と認められる。
(三) 葬儀費用
原告齋藤加代子本人尋問の結果によれば、亡力雄の死亡により、葬儀が行われ葬儀費として金五〇万円を要したことが認められ、右認定を左右すべき証拠はない。
(四) 過失相殺
してみると本件事故による亡力雄の損害賠償請求権は金三七五〇万九一五六円となるべきところ、前記の各証拠と前記認定のところによれば、本件事故現場附近を亡力雄とともに、知人の舘野栄、齋藤昇が通りかかつた際、右舘野と齋藤は、一様にジイーという音を耳にし、それが高圧電線からくる音であることを感得し、相互に尋ねあつたが、亡力雄も当然これを聞いて、たとえ正確には高圧電線の位置を知り得なかつたとしても、附近には高圧電線が架設されているらしいことを知り得たはずであり、更に比較的高い木にのぼれば、高圧線に近付くことになつて放電を浴びる危険があることを予想できなくはなかつたはずであること、それにもかかわらず、亡力雄は、軽々に地上高八メートルを超える本件樹木にのぼりはじめ、5.5メートルもの高さの本件樹木樹幹芯止め附近に達し、本件枝の先端部に振動を惹起させたため、その結果本件枝と本件特別高圧線との間の放電発生に至つたものであることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。右の各事実によれば、亡力雄には、民法七二二条にいう過失があつたものというべく、右過失は、本件の損害額算定に当り、公平上これを勘酌すべきものとするのが相当である。
そこで、右過失を三五パーセントと評価して斟酌することとし、被告は、右の損害については、その六五パーセントに当る金二四三八万〇九五一円を賠償すべきものと判断する。
(五) 相続
原告齋藤加代子が亡力雄の妻であり、原告齋藤裕子が亡力雄の子であることは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、原告ら両名のみが力雄を相続したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はないから、右損害賠償請求権につき、原告齋藤加代子はその三分の一に相当する金八一二万六九八三円(円未満切捨)、原告齋藤裕子はその三分の二に相当する金一六二五万三九六七円(円未満切捨)をそれぞれ相続したものである。
(六) 弁護士費用
<証拠>によれば、原告ら両名はいずれも本訴追行を原告訴訟代理人らに委任し、認容額の約一割の報酬を支払うことを約していることが認められるところ、本件事案の内容、審理の経過、認容額等を考慮すると、右の弁護士費用相当分としては、原告齋藤加代子につき金八〇万円、原告齋藤裕子につき金一六〇万円(認容額のほぼ一割)が本件事故との相当因果関係の範囲内にあるものというべきである。
五結論
以上の次第で、原告齋藤加代子の本訴請求は、金八九二万六九八三円及びその内金八一二万六九八三円については、本件事故による損害の発生後である昭和五一年八月三〇日から支払ずみまで、残りの弁護士費用相当分金八〇万円については本判決確定の日から支払ずみまで、それぞれ年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があり、原告齋藤裕子の本訴請求は、金一七八五万三九六七円及びその内金一六二五万三九六七円については本件事故による損害の発生後である昭和五一年八月三〇日から支払ずみまで、残りの弁護士費用相当分金一六〇万円については本判決確定の日から支払ずみまで、それぞれ年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由がある。
よつて、原告らの本訴請求は、右理由がある限度においてこれを正当として認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につぎ、民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(仙田富士夫 生田治郎 藤田敏)